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諦めない心

療育の原点は諦めなかった事

言葉が話せない。しゃべらない。しゃべれない。奇声をあげる。衝動行動をとる。パニックを起こす。お友達と話せない。視線が合わない。自傷・他傷行為がある。意志の疎通が出来ない。果たしてこれらの問題を見守っていて改善できるのでしょうか?経過観察で何か変わるのでしょうか?放置しておいても何も変わりません。

 

好き勝手に遊ばせる事が良い事でしょうか?施設の中では許されても社会に出れば許されない事が沢山あります。今後の事を考えると、子ども達の成長を真剣に考えていて果たしてそれで良いのでしょうか?私達はそのまま放置され、その子の将来を考えると、本当にどうなるのか心配で心配で、眠れぬ日々を山のように過ごして参りました。

 

私達も療育指導に携わった当初は、何をしても結果が得られず、悩み苦しみ、強い挫折と虚無感に苛まれ、どうしてよいかわからなくなる事も沢山ございました。ただ一点の違いは、諦めなかった事が現在の療育手法に繋がる唯一の道でした。諦めずに挑戦するしか方法がなかったからともいえると思います。

 

何度挫折しかかったかわかりません。少しでも成長する事を信じて、神様がいる事を信じて、非難されても、罵倒されても、何とかしようと、課題を分析し、子ども達の様子を観察し、達成できるレベルを模索してきた結果にほかなりません。悩み考えてきた結果です。

諦めない取り組みが子どもの未来を変える

前出にもありますが、永年の経験で申し上げられる事は、幼い内は柔らかい粘土と一緒なのです。一生懸命に接すれば形を変える事が可能です。意志の疎通が出来ないまま、体が大きくなり保護者よりも強くなった時どこまで制御できるか?固くなった鉄は専門家ですら柔らかくする事は困難を極めますが、幼い内は少しの努力と諦めない心で様々な変化と成長を得る事が可能なのです。

 

今までの教育支援の中で、意志の疎通ができず、暴れる事でしか気持ちを表現出来ない事例も山のように体験しどれ程自分達の力の無さを痛感した事でしょう。意志の疎通が出来ない環境でどれほどストレスを抱えてきたか、その子がどれほど悲しい思いをしてきたか、悩み、もがき苦しみ、想像を絶するような体験をしてきたと思うとつい涙がこぼれてしまいます。

 

心配している気持ちも、愛している気持ちも伝える事が出来ない悲しさは、本当に言葉では表現できません。

 

私達の療育の原点は諦めない取り組みです。少しでも改善の可能性があるのであれば諦めないで頂きたいのです。両腕が動かなくても、必死の努力で、家事も育児も頑張っている仲間がおります。両足を切断し、何とか残った指で手紙をしたためたくれた叔母がおりました。目が見えなくても自立している友人もおります。身体に解決する事が出来ない重篤な問題がなく、改善の余地が少しでも、ほんの少しでもあれば、何とかしなければと、どうか諦めず改善を模索する取り組みを行って頂きたいと願うばかりです。

 

どうか諦めないで下さい。事例紹介でもありましたが、B1で、多くの療育支援者に諦められていても言語を獲得する事が出来るのです。僅かな期間でも正しい接し方をすれば変化を体験できるのです。正しい生活リズム、正しい接し方、そして正しい療育支援を行えば求める進歩と成長が得られるのです。

 

医師の指示通りに薬を飲まず、養生せず、禁止されている事を守らず命を落とすような事例が数多あると思いますが、逆に重篤な病状であっても、医師の指示に従い、正しい療養を行えば、余命わずかと言われても、天寿を全うできるという事は珍しくありません。

 

ご両親のやる気一つでお子様の未来は激変します。諦めない取り組み、お子様だけでの力ではどうしようもないのです。逆に保護者の心がけ一つでその特性は激変するのです。